2011-04-30

MR.BIG at Tokyo Dome City Hall on 26th Apr

  

先日、「Live From The Living Room」と銘打たれたMR.BIGのツアー最終公演を観てきた。


わたしにとってMR.BIGはとても大切なバンドだ。

意識的に音楽を聴くようになって初めて聴いた海外のバンド群のひとつであるのみならず、
生まれて初めて観たライブというのが、彼らの1996年のツアーだったのだ。

彼らのライブを観るのは、そのツアー初日を観た1996年4月8日(月)以来、じつに15年ぶりである。
解散ツアー、再結成ツアーともに参加可能だったのだけど、諸事情でパスしたためそれらは観ていない。

いまでも15年前の光景をいくつも覚えてはいるものの、今回初めて観るような気分で会場に向かった。


それでは以下に、26日のライブレポをお届けする。


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会場に入ると、リヴィングルーム(エリックの、らしい)を模したステージに目を引きつけられた。

左右のアンプと中央のドラムセットの間にソファと小さいテーブルがそれぞれ据えられていて、
テーブルには花やキャンドル台が控えめに飾られていた。ソファにはデッドベアのぬいぐるみも。

アンプの近くにはレコードも飾ってあって、下手にはジミ・ヘンドリックスの2ndが、
上手にはTHIN LIZZYの、たぶん『Black Rose』が、それぞれディスプレイされていた。

ステージ後方の「壁」にもポスターが4枚くらい額装でかけてあって、CREAM最終作のそれにニヤっとした。
ビリーにとって、ベーシストの「神」がティム・ボガートであるのは有名な話だから、彼のチョイスだろう。

2階後方のスタンド席だったので、ステージの細部まで見えなかったのが、残念である。


27日の国際フォーラム公演が震災の影響で急遽26日の東京ドームシティホール(旧JCBホール)になり、
振替座席の案内などで少々手間取っていたためか、定刻をすぎても座席を探している方々が見受けられた。
(当の案内員が座席を間違えるほどで、1階から3階を行ったり来たりさせられた方もいたらしい)

そのためか開演は多少おくれた。
その間に、ステージ上の「2階」に招待されたファンの方々が入ってきて会場がどよめく。

上手、下手で合わせて30人くらいだっただろうか。けっこう高くて(推定約1.6m)バンドを見下ろすかたちになる。
そのステージ上客席(?)の下はスクリーンというか電光掲示板になっているのだと、開演後に気づくことになる。


定刻を10分ほど過ぎると客電が消えてフランク・シナトラが流れ出し、曲が終わりに近づくとメンバー登場。

上下をタイトな黒でまとめた長身のビリー、ツアーTシャツにハーフパンツのパット
ほぼ普段着、といったいでたちのエリックポール、の順にゾロゾロとやってきた。


ポールはエレアコ、パットはワンバスのドラムセット、というセミ・アコースティック仕様で、
新作の冒頭を飾る"Undertow""American Beaty"がつづけてプレイされ、ライブは始まった。


サウンドバランスのよさ、音それ自体のよさもさることながら、
のっけから職人集団としての彼らの力量が別格中の別格であることに感嘆してしまった。

アコースティック化というのは、曲の骨格やプレイヤーの技術なりセンスなりが剥き出しになるという点において、
アーティスト/バンドにとって「両刃の剣」となることが多く、そう軽々しくやってはいけないパフォーマンスと言える。

ただギターをアコギにしただけならさして価値はないし、ミスがあっても隠せないので日頃の鍛錬が問われるし、
分厚いサウンドでごまかしていた曲があればその本来の貧弱さを露呈することになるし、
コーラスワークはその前後の息遣いまで伝わる。

曲、演奏、コーラス、アレンジ、そのすべてが明瞭になるがゆえ、コケたら大ケガするわけだ。

逆に言えば、曲の出来がよく、技術とセンスがあり、コーラスも完璧であるなら、憂うことは何一つなくなる。
そればかりか、アーティスト/バンドの凄さ、曲のよさにあらためて称賛の声があがり、さらに評価は高まる。


MR.BIGの場合、言うまでもなくすべてが完璧だった。

元々、アコースティックが上手いことは知っていた。1996年には、シンガポールで録音されたライブ盤も出ている。
ラジオでもアコースティック・セットを披露しているし、各メンバーはソロでもアコースティックに取り組んでいる。
それに、アメリカのバンドはたいていカントリーやフォークの素養があるので、さほどハズすことはないのである。

とはいえ、1曲目のリフからして、あまりにも只事ではなかった。
「アコギにしただけ」ゆえに、ポールのコード・カッティング/ミュートの正確さが鮮烈すぎるほど鮮やかで、
あんなにすべての弦の音が明瞭に聴こえたのは初めてかもしれない、と言いたくなるような素晴らしさだった。

かつて、ポールはエディ・ヴァン・ヘイレンについて「彼はチューニングの時点で格が違う」と言っていたが、
それは彼自身にも当て嵌まるのではないか、と思った。それだけ素晴らしい音だったし、機械のように正確だった。
驚異的に音がいいのは、エンジニアの働き以上にポールの耳と手の「格が違う」からだと確信したのだ。


それはつづく2ndからの"Daddy,Brother,Lover,Little Boy"と、
"Green-Tinted Sixties Mind"という、MR.BIGで人気を二分すると言っていい代表的な二曲で、確信から「そんなの当たり前だな」という思いに至った。
いや、思いに至った、というのではなく、それを知っていたのにしばし忘れていたことに気づいた、と言うべきか。

彼らは、そもそも結成当初から「別格」だったのだ。技術も、センスも。

解散前のゴタゴタや、再結成時のほんわかしたムードや、彼らの温かい人柄ゆえに忘れていたのかもしれない。
彼らが、叩きつけるようなパワーとエモーションを、極めてスリリングな、鋭いアンサンブルで提示することを。


特筆すべきは、やはりビリー・シーンのベース・サウンドだろう。アコースティックでも「アルバムのまま」なのだ。
そのサウンド、プレイスタイルともに聴いただけでそれとわかるほどの個性の持ち主であるビリーのベースだが、
深みと広がりのあるあの音で、曲の基盤を作りながらも、要所要所ではフィルインして遊びまくるからこそ、
アコースティック化してもなお強力なうねりが生じてドライヴし、オーディエンスを熱狂させることができる。


"Daddy~"では、アルバム通りにドリルを使ったソロもフィーチュアされていたし、
"Green-Tinted~"もアルバム通りのイントロで始まっていた。(むかしは省略していた)

いずれもまったく違和感がなかったのは、安定したボトムと正確無比なギターがあってこそのことだ。
そこに、一切の衰えがないエリックのヴォーカルがのるのだから何をかいわんや、であろう。


4thから"Take Cover"が、新作から"I Get The Feelings"がプレイされると、
ポールはギターをエレキにかえて、やはり新作から"Once Upon A Time"が披露された。

ただ、オリジナルよりは若干ライトなサウンドになっていた。ドラムだけではなく、ギターも。
それでも曲のよさが殺がれることなどなく、終盤のユニゾンも音に厚みがあって迫力があった。


2ndの"Road To Ruin"ではもちろん「オーオーオーオー」の大合唱がおこり、
新作の"I Won't Get In My Way"ではオリジナル通りのパットの叩きっぷりに惚れ惚れした。

あまり語られることのないドラマーだけど、パットは技術・センス・個性において傑出したドラマーだと思っている。
彼のキック・ドラムは代名詞的な特徴があるし、小技から大技まで多彩なドラミングを聴かせてくれる。

ポールのギター、ビリーのベースに埋もれることなく自らの持ち味を出しているということ自体が、
すでにしてパットの能力の高さを証明している、と言ったほうが早いかもしれない。何でも叩けるひとなのだ。


しかし、これだけのプレイヤーがいてもなお「バンドの顔」として彼ら楽器隊と拮抗し得る、
エリック・マーティンというヴォーカリストが持っている歌声の魅力には、本当に敵わないと心底思った。

個人的に思い入れの大きい2ndからの"Just Take My Heart"では、
様々な記憶が次々に呼び起こされていてもたってもいられず、だらだらと泣いてしまった。


感動に包まれた会場を、今度は1stからのグルーヴィな"Merciless"が違った色に塗り替える。
"Road To Ruin"のときも感じたのだけど、ビリーのベースの「黒人っぽさ」がより前面に出る曲だ。

ほとんどのひとが誤解しているようだけど、
MR.BIGの楽曲は基本的に60~70年代的な「歌をメインにすえた」シンプルなつくりのものであり、
80年代HM/HR的な煌びやかな(やや大味な、とも言える)ものは、あくまで付加要素にすぎない。
もっとも、ポールとビリーの派手な掛け合いによるエンターテイメント感や、
パットのツーバスによるボトムの増強などで80年代のHM/HR感満載なのは間違いないのだけど。

この曲の場合は、モータウン・ソウル的な洒脱さを巧みにハードロック化している。
この辺、音楽的素養の深いビリーや、ソウルにも傾倒しているエリックの面目躍如といったところだ。
そして、これらの要素を「ポップ」かつ「ハード」にしているのが、ポールのギターなのである。


ここで、そのポールのソロ・タイムとなった。

「速すぎてスピード感がなくなるほど」の正確極まりないフィンガリングとピッキングの嵐を見舞い、
ステージを右へ左へ、ソファに靴のままあがってドリルで演奏したり、と終始驚異的な弾きまくりである。

ところで、ポールのギターは「感情表現に乏しい」とよく批判される。
それは彼の特質が「ポップ」という表層的なものに集約されていることに一因があると常々思っていたのだけど、
さすがにこれをこの枠で論じ切るのはムリがあるので、代わりに一言添えておくと、
確かにさほどエモーションを掻き立てられるようなソロは少ないかもしれないが、バラードなどの枠内で、
コンパクトなソロをメロディアスに弾くのをポールは得意にしているのだと、強調しておくとしよう。


ソロが終わってポールが一礼をすると、メンバーが戻ってきて新作の"Still Ain't Enough For Me"につなげた。
これまた弦楽器隊の応酬が見ごたえのあるもので、ヴォーカルの力強さも相まってお気に入りの曲である。


メンバー全員がフロントに並んで、より本格的なアコースティック・セットになった。

キャット・スティーヴンス"Wild World"が感動的に、
4thの"Where Do I Fit In?"がリラックスした感じで、
それぞれプレイされると、「この曲をやるのは、バンドの歴史上2回目だ」というエリックのMCで、
なんと1stからの"Anything For You"が披露されることに。「ライブでやらない名曲」として有名だったのだ。

元々、これ以上はないというくらい感動的な曲だったのが、アコースティック化でよりシンプルになり、
曲に込められた切ない思いに胸がいっぱいになり、これで思い残すことはない…というほど感動したためか、
これにつづいた2ndの"Voodoo Kiss"はボサーッと聞き流してしまった。

が、しかし、ビリーが「アメリカは、60年代から70年代にかけての危機を乗り越えた。…音楽によって」と言い、
CROSBY,STILLS,NASH & YOUNGの超名盤Deja Vu (1970)冒頭を飾る"Carry On"に目が覚めた。

これはもう「目が覚めた」どころか、「度肝を抜かれた」と言ったほうがいいかもしれない。
これまであえて書かずにきたが、随所で素晴らしいコーラスワークを聴かせてくれていた彼らは、
実にアメリカの優秀なバンドらしい「綜合的なミュージシャン集団」であり、全員シンガーとしても優秀だ。

それにしたって、コーラスに関しては並ぶものなき最高峰のCSN&Yを、あれほど見事にカバーしてみせるとは…。
(この曲はYことニール・ヤング抜きで録音されていて、ビリーもCROSBY,STILLS & NASHと紹介していた)

中間部の「Caaaaaaarryyyyy Ooooon」を完璧なアカペラでキメると場内は拍手喝采、
わたしは感動で身動きできず。いやはや、なんと素晴らしいコーラスワークだろう。
後半部はエリック抜きで、ふたたびエレクトリックのセットに戻ってのトリオ編成でプレイされたのが興味深かった。


"Around The World"が始まるとエリックはステージ上の下手二階席に現れ、ファンに囲まれて歌い出す。
いったんステージに降りてきて、次は上手二階席に上がって歌う、というサービスっぷりであった。

ステージ上ではポールとビリーが鬼のようなバトルを繰り広げ、
その上ではエリックが上機嫌で手を振っている、というMR.BIGならではの空間演出である。


"As Far As I Can See"を挟んで、ストリングス隊(8人)が呼ばれてドラム後ろにあったイスに一列に並んで座ると、"Stranger In My Life""All The Way Up"という、オリジナルにストリングスがない曲が演奏された。

てっきり"Nothing But Love"をやるものとばかり思っていたので少し肩すかしをくらうかたちになってしまったけど、
これはこれで案外よいものだ、と思いながら、ストリングスアレンジが施された新ヴァージョンに聴き入っていた。
(最初はストリングスの音が小さすぎて聴こえなかったが、徐々に改善された)


MR.BIGの代表曲、"To Be With You"がより劇的なアレンジで、感動させてくれた。
歌詞の内容は「フラれた娘に言い寄る男の一人称」だというのに、なんとあたたかく優しい曲なのだろう。
きっといいヤツに違いない、というのが、中学生のころから歌詞に敏感だったわたしの変わらぬ主張である。


日本の現状に関するシリアスなMCにつづいて、
チャリティ用のシングルになった(完売済み)新曲"The World Is On The Way"がしっとりとプレイされた。

この日のオーディエンスは終始静かで、メンバーも戸惑い気味なほどだったけど、
この時がいちばん静かになっていたのではないか、というくらい微動だにせず聴き入っていた。
震災に関しては、日本人である限り何らかの思いを各人が持っているだろうから、当然ではあったかもしれない。


ストリングス隊が去って、3rdの"Price You Gotta Pay"が会場をいま一度活気づける。
ビリーのハーモニカ&エリックの「二人羽織り」ベース、というお約束のシーンも健在だった。


そのままビリーのソロになると、これがベースだろうかと疑いたくなるほどの多彩なフレーズを紡いでいく。
クラシカルなパートから、ハーモニクスを多用したコード弾き、ベンディングやフィードバック、
指盤を縦横無尽に駆け抜けるフィンガリング、そして彼の代名詞とも言える自由奔放なタッピングと、
ビリー・シーンというベーシストが、他と隔絶した孤峰であることを否が応でも納得させられるソロだった。


「あの」タッピングから、MR.BIGと言えばこの曲という"Addictted To That Rush"へ雪崩れ込む。

ソロでは"Daddy~"のフレーズを弾いてみせたポール、さすがに芸達者かつユーモアのある男である。
(今回のライブでは、とくにハードな曲のソロでオリジナルと違ったフレーズを弾くことが多かった)

ちょっと静かすぎるオーディエンスとの掛け合いもそこそこに、全楽器が暴れエリックもシャウトする大団円へ。

これで本編は終了。
すでに開演から2時間半近く経過しているというのに、元気な四人のアメリカ人はすぐに戻ってきた。
まったく、どうゆう体力をしているのだろうか、このひとたちは。


アンコールは、定番の"30 Days In The Hole"でスタート。HUMBLE PIEのカバーだ。
結成時の彼らが範としたバンドのひとつである。R&Bに根差した、ブラック・フィーリング溢れる曲。
それでいて「ロック」していて、なおかつ「歌」を最大限に活かせる、という音楽性。

彼らはそれを、80年代後半という「現代」にマッチさせたかたちにアップデートして、デビューしたのだった。

そして、彼らが2010年に示してみせたのは、ロックの現在形というよりは不変にして普遍の「基本形」であり、
その「基本形」とは、異なる個性がぶつかり合うことで生じるマジックのような、関係の結び目としての音楽である、
ということに尽きるだろう。それは奇跡と言ったほうがいいかもしれない。それでこその「バンド」だと思う。


さて、おおらかな曲で大いに和むと、あとはもうアレしか残っていない。

エリックがビリーにマイクを差しむけると「ワウアウアウアウーッ!」の鳴き声。
クレイジーにもほどがあるユニゾンから"Colorado Bulldog"へ突入、どこもかしこもやんやの大喝采である。

もう何回聴いているのだかわからないが、何度聴いても笑ってしまうほど凄まじいユニゾンフレーズだ。
いまとなってはこれを弾ける人間などいくらでもいるのだろうが、これを考えだすことなどできないだろう。
また、こうして最高の音を聴かせられるような技術の高みにいるものは、ほとんど存在しないだろう。
それも、笑い転げるようなしぐさをしながら、こどもだってあんなに楽しそうにはできないかも、というくらい、
楽しそうに演奏し歌うことなど、いったいMR.BIG以外のどのバンドができるというのだろう…。
(エリックなんぞ、デッドベアを抱いての歌唱である。あれが似合う50歳は他にいない。)


ステージの上も下も、フロアも階段席もその奥も、だれもが幸せそうに笑っていたように感じた。

最後の最後にポールが「ガンバッテ!トウホク!ガンバッテ!ニッポン!!」と言い、深々と一礼。


この楽しさと、そしてあの凄さを、会場に足を運ぶファンしか知らないという手はない。

MR.BIGには、彼らが「別格中の別格」であることを伝えるべく大型フェスへの殴り込みを仕掛けてほしい。
彼らが「歌モノでオンナコドモ向けの存在」だと言うような輩にこそ、目にモノ見せてやってほしい。

楽曲、演奏、パフォーマンス、サウンド、すべてが完璧だった。

被災した仙台のためにも、早い再来日が待たれるところである。



SETLIST
01. Undertow
02. American Beaty
03. Daddy,Brother,Lover,Little Boy (The Electric Drill Song)
04. Green-Tinted Sixties Mind
05. Take Cover
06. I Get The Feelings
07. Once Upon A Time
08. Road To Ruin
09. I Won't Get In My Way
10. Just Take My Heart
11. Merciless
12. Paul Gilbert Guitar Solo
13. Still Ain't Enough For Me
14. Wild World (Cat Stevens cover)
15. Where Do I Fit In?
16. Anything For You
17. Voodoo Kiss
18. Carry On (CROSBY,STILLS,NASH & YOUNG cover)
19. Around The World
20. As Far As I Can See
21. Stranger In My Life
22. All The Way Up
23. To Be With You
24. The World Is On The Way
25. Price You Gotta Pay
26. Billy Sheehan Bass Solo
27. Addictted To That Rush
Encore
28. 30 Days In The Hole (HUMBLE PIE cover)
29. Colorado Bulldog



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4 件のコメント:

  1. B誌の写真観てたのよ~(笑)

    ビリーのプレイ、私も好きです。
    なんでかなぁ?と思ってたのですが、わかった気がします。
    なるほど。ただ上手いだけでは人は感動しませんものね。

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  2. >kanaさん

    ビリーは圧倒的に、それこそ革命的なまでに巧いベーシストです。
    でも、それだけではなくてまず「曲ありき」な「ミュージシャン」なんですよね。ただの弾きたがりだったら、バンドなどやらずにずっとソロやフュージョンでもやってたでしょうね。

    ビリーはベースだけでなく、チャールトン・ヘストンと柳生博を足して二で割ったかのような風貌もすきです(笑)

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  3. 二年ぶりにこのMoonさんの素晴らしいライブレビューを読ませて頂いて、当時の記憶が色鮮やかに蘇ってきました!(^^)
    そそ、わたし、案内係の方が不慣れな方で、1階から3階まで、行ったり来たりされていたんですよね。。(笑)

    いまこのライブのDVDを鑑賞しながら読んでいたんですけど、さらにあの日の感動、震災直後で不安だった時のこととか、いろいろな想いが溢れて来て、なんだか泣きそうです。
    彼らのアコースティックライブ、本当に素晴らしかったですね。
    本当に彼らのリビングルームに遊びにいって、お友達感覚で彼らの演奏を聴きにいってるかのような、
    そんなアットホームで、とても暖かいほんわかしたライブで。。。。

    もうあれから二年も経ってしまったのですね。。。

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    1. 二年越しのコメント、ありがとうございます。

      早いものですよね、時間が経つのは。
      ちゃんと記録を残しておくことは大切だなぁと反省しています(苦笑)

      このときのMR.BIGは、観る予定になかったけど行って本当によかったです。
      次回はフェスにも出演してほしいですね。(ウドーさんがらみでダメかな…。)

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